Sunday, June 7, 2015

ライオンより強いバッファローがライオンに追われて逃げるわけ

YouTube にはライオンとアフリカンバッファロー(アフリカ水牛)の戦いを記録した動画がたくさんアップされている。これらを見ていると、戦いの参加者数によって経過と結果がパターン化でき、おおまかには4つに分類できる。

複数のライオン vs 1頭のバッファロー: 複数のライオンが背後からバッファローを襲い、首筋、背中、尻などにかじりつく。バッファローは倒されて食われてしまう。このようなケースは、ライオンの連携がうまく運んで、バッファローの群れから1頭を引き離すことに成功したときに起こる。
1頭のライオン vs 複数のバッファロー: ふつうはライオンが逃げ出して戦いが終わる。逃げられない場合、ライオンはバッファローの角に引っ掛けられて空中に放り上げられ、脇腹などに重傷を負う。悪くするとなぶり殺しにされる。
複数のライオン vs 複数のバッファロー: この場合もライオンが逃げ出す。一般にバッファローを襲うライオンの群れは数頭から10頭未満だが、バッファローの群れは桁違いに大きく、数の優劣で勝負が決まる。
1頭のライオン vs 1頭のバッファロー: 1対1の戦いはほとんどないが、群れと群れの戦いの中で一時的にそのような局面になることがある。ライオンは背後からバッファローにかじりつくが、体力で勝るバッファローに振り払われる。正面から向かい合ったときはバッファローが勝つ。

このように集団対集団でも1対1でもライオンより強いバッファローだが、なぜかライオンに襲われるといっせいに逃げ出す。ほとんどの局面でライオンより強く、しかも頭数でライオンの群れを圧倒しているバッファローの群れが、どうしてライオンの襲撃を迎え撃たずに逃げてしまうのだろうか
そのわけは、動物の群れが仲間の動きを模倣する本能を持っていること(「模倣で生まれる群れの集合知」参照)、およびライオンが肉食であるのに対しバッファローが草食であることで説明できると思われる。

ライオンはバッファローを倒すと食事にありつける。つまりバッファローを襲い戦う強い動機がある。
いっぽう草食性のバッファローはライオンを倒しても得るものがない。もしかすると、襲撃者に報復する快感が大きいとか、あるいは、ネコが半死のネズミをいたぶるように、ライオンを宙に投げ上げて遊んでいるのかもしれないが、それらの可能性を除けばバッファロー側の戦いの動機は弱い。
すなわち、動機に関してライオンとバッファローは対等ではない。両者の遭遇にあっては、ライオンの側に「食う」という強い動機があるのに対し、バッファローの側には「食われる」という恐怖、言い換えればネガティブな動機しかない。それがとりあえずバッファローが戦いを避けて逃げ出す理由である。
バッファローが集団として逃走を開始することについては「模倣」で説明できる。ライオンの襲撃に気づいた1頭が逃げ出すと、まわりの仲間がそれにつられて逃げ出す。研究者らが主張しているように(「模倣で生まれる群れの集合知」)、模倣の伝播は言語的コミュニケーションよりずっと速く、最初の1頭の逃走は模倣によってたちまち群れ全体に広がり、群れとしての逃走がはじまる。戦いが起こるのはライオンがバッファローの群れに追いついてからである。

ところで、いったん逃げ出したバッファローの群れが戦いの場に引き返してくることがある。まず次の YouTube ビデオを見ていただきたい。再生回数7600万回を超える人気ビデオである。



ビデオには次のような経過が映されている。
川に沿ってバッファローの群れが移動している。
その前方でライオンが草むらに身を潜めて待ちかまえている。ライオンの群れが立ち上がって襲撃にかかると、バッファローの群れはいっせいに逃げ出す。
逃げ遅れた幼いバッファローが水際に転落し、3〜4頭のライオンが噛みつく。
もみあう間に水中からワニが走り出て、これもバッファローに噛みつく。
前門のライオン、後門のワニ。絶体絶命と思われる状況でバッファローの群れが引き返してきて、ライオンとワニを蹴散らす。ビデオがやや不鮮明で見逃しそうだが、6分27秒あたりで子バッファローが立ち上がって群にもどってゆくのが見られる。

逃走中のバッファローの動きを反転させたものは何だろう。
これも「模倣」で説明できそうである。
以下は想像でしかないのだが、子バッファローのいないことに気づいた母バッファローがまず反転したのではないか。それにつられて周囲のバッファローが元の方向に向きを変え、さらに集団として争いの現場にもどり、結果として小バッファローが救出された。そのような経過だったのではないか。
この想像は、群れにおけるリーダーとは何かという問題に展開できる。
乱暴に定式化しておけば、リーダーとは、群れにとって最適の選択を提示する者よりも、むしろ最も勢いのある選択をする者のことではないか。このビデオのケースでいえば、子バッファローの救出はかならずしも群れにとって最適の選択ではない。逃走をやめて引き返せば他のバッファローが犠牲になる可能性もある。だがこのケースでバッファローの群れは、得失を冷静に判断した「最適な選択」ではなく、子を思う母バッファローの「勢いのある選択」を模倣した。以上の想像が正しければだが、勢いのある行動で群れを反転させた母バッファローが、このケースでのリーダーである。